この街と整骨院とあのひととわたしのはなし ②
2019年1月30日
目が覚めたとき、既に時刻は15時半を回っていた。
毎朝8時過ぎに起床し、9時には電車に乗って出勤しているはずなのだが、今朝はどうにもこうにも起き上がれなかった。
もともと片頭痛持ちの長谷川は、数ヶ月に一度こんなことになる。
アラサー謎の体調不良。
吸いすぎた煙草のせいなのか、はたまた蓄積されたストレスか。
たしかに、未来への漠然とした不安からくるストレスは並大抵のものではない。
そうはいってもこれまでオプティミストとして生きて来た。
まあ、なんとかなるでしょう。
なるようにかならないでしょう。
結婚願望?ないねえ
子供?そりゃあ相手がわたしを孕ませたいと言ったときはじめて欲しいと思うんでしょう。
仕事?そうだねえ、今のままではいけないよねえ。
そんな御託を並べながら、婚活に勤しむ同年代の女子を横目で見てにこにこ。
そんなふうにしていられるのも、まだ30代になっていないアラウンド30ビギナーであるからで。
どんなにいい家庭を築いて、どんなに子宝に恵まれて、どんなに幸せな生活をしていても、いいセックスができないならそんなにつらいことはないでしょう。
という、端からすれば負け犬の遠吠え。
実際そんな長谷川がいいセックスをしているかと訊かれると、大きく首を縦に振ることはできなかったのだ。
はたして「いいセックス」とは何なのか。
それはもちろん人によりけりなのだが、長谷川にとっての「いいセックス」とは。
長谷川がカウンセリングに通うようになった理由のひとつが、それだった。
4年付き合った恋人とはずっと遠距離だった。
後半の2年は、ほとんど会っていない。
年上だった彼は仕事に打ち込み、仕事関係の人付き合いを優先した。
当時大学院生だったわたしは、研究に打ち込むことにした。
きっとこの人と結婚するだろうな。
お互いがそう思っていたはずだったのだが、会わなかった2年間それを曲げなかったのはどうやら長谷川だけだったらしい。
それにしたって、2年ぶりに会えばもちろんハリウッド映画のように燃え上がるセックスが出来るのでは、と期待したものだ。
ドアを開けた瞬間唇を貪り合い、壁に押し付けられながら荒い吐息の漏れる接吻をし、お互いの衣服を剥きあうような、情熱的なセックスを。
少々大げさではあるが、そのくらい期待してもいいのではないだろうか。
正直、こちらは随分待った。
本当は1年だけ自分のことに集中するという制約だったはずなのに、あれよあれよと2年がすぎた。
2年も恋人と交わらなければ、女なんてすぐ処女に逆戻りだ。
残念ながら長谷川にはシリコンの相棒がいたため処女膜再生はしなかったが、そんなことを男は知る由もない。
結局、再会した晩は何もなかった。
接吻もなければ、触れてくる様子もない。
挙句の果てに、「やっぱりちょっと太ったな」とのこと。
そのまま眠ってしまった彼の横で思わず涙を流し、翌朝ようやくはじめての接吻。
「お腹減ったな~」という一言で、性欲よりも食欲を優先され、そのまま何もなしに食事をしてその日は終了。
その後4ヶ月、わたしは大学院を卒業し、勝手に東京へ居を構えた。
長谷川の卒業後のことなどまるで興味がなかったのだろう。
驚きはしたが、止めはしなかった。
そしてようやく、4年間の関係は終結したのだ。
長谷川は、なんともいえない爽やかな気持ちだった。
その後仕事も決まり、薄給ではあるが編集アシスタントとして働き始めた。
別れた彼に未練などは微塵もなかった。
1年ほど経ったとき、それは突然訪れたのだ。
(わたしは、セックスを…していない…)
長谷川はシリコンの相棒を右手に持ったまま、ベッドの上で震えていた。
はせがわ